【4tトラックドライバー】仕事は単純、でも拘束時間は長い。変わり者も多いが運転手不足…トラック業界の未来が不安です。

【4tトラックドライバー】仕事は単純、でも拘束時間は長い。変わり者も多いが運転手不足…トラック業界の未来が不安です。

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
32歳

【当時の職業】
4t平ボデー

【当時の住まい】
賃貸アパートに一人暮らし

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
その他





【就職のきっかけと経緯】
親戚が営む運送会社に短期間だけという話で入社しました。
今もそうですが高齢化が進んでいたので若いというだけで頼りにされる感じでした。

【環境と仕事内容】
運転手数も10名ほどの少ない会社だったので、特定のお客さんがメインの仕事でした。
給与は縁故入社だったこともあり多少色付けてもらっておりましたが、とにかく休日が前日にならなければわからないという点が苦痛でした。
一日2〜3件のルート配送がメインで、たまに現場もありました。
鉄骨と冷凍倉庫の冷蔵扉がメインでしたが、イベント会社からの仕事ではパイプ椅子や机、時には運動会で使用する大繩などもありました。

【大変だった時期】
入社してすぐの夏ですね。
トラックの故障が多く対応に追われとにかく大変でした。




【大変だったこと】
とにかく待機時間が長かったことが大変でした。
運送業界なのでやはり遅配は命取りです。
道路状況が悪いからと言って遅くなるなどもっての外なので、2時間近く早めの出発を心掛けておりました。
早め出発で難を逃れたことも確かにありましたが、99%ほどは早く着きすぎて何時間も待ちぼうけとなります。
普通といえば普通ですがこれが辛かった。
私自身は空いた時間も何かしたいタイプだったので、とにかく待機時間が苦しかったです。
しかも何時間も待った挙句、相手方の希望で予定時間から更に遅らせてほしいという要望があったりもしましたね。
その時は非常にフラストレーションが溜まりました。
仕事なので仕方がないと自分に言い聞かせ、笑顔で応対しましたが。

【大変だった期間】
5年ほど在籍しましたが、最初の1年ですね。
後は同じ作業の繰り返しという感じでした。




【当時の心境】
親も運転手だったこともあり、運送業界のことはある程度耳にしておりました。
昔は運賃が良かった、でも今は墓場だ、就職先に本当に困った時の最後の選択くらいに留めておけなど、昔の運転手ならではの意見でしたが、入ってみて何となく親の言っていたことが分かりましたね。
悪い人ではないのですが、やはりどうしても教養が低いというか、甲斐性がない人間が目立つというか…。
この業界に長らくいると自分もそうなってしまうのではないかと不安に思いました。
なので、ある程度他の運転手とは距離を置いて接してました。

【職場が大変だった原因】
会社の体質だと思います。
身内なのでその間柄が抜けず、よく言えばフレンドリーだが悪く言えば緊張感がないという感じで全てがなあなあしてました。
時間に関してだけは遅れたら命を取られるくらいのアピールでしたが、大げさだったりなあなあだったりブレブレな一面が目立ちました。




【仕事で良かったこと】
年に一度、福利厚生の意味も兼ねて社員やその家族も連れて海へ行ったりキャンプへ行ったりしましたが、それは楽しかったです。
やはり運送会社なので大雑把というか大胆というか、凄い肉が出てきて焼いたりわざわざバスを借りて日本海まで出たりしたこともあり、それは楽しかったです。




【特にひどかった最悪の出来事】
言ってることがコロコロ変わる。
言われたとおりにしたにもかかわらず、そうじゃないと言われ二度手間となることが非常に多く苦でした。
ほとんどの決まり事を社長が取り仕切っていたのですが、この社長が気分屋だったので、昨日までのやり方が次の日になれば違かったり、変更があったのであれば通達が欲しいのですが全く通達が従業員間に行きわたっていないなど、些細なことかもしれませんがストレスになりました。
他では従業員が事故を起こした時など、明らかに不機嫌な調子で周知会を開き、周知会を開くまでは分かるのですが事故していない運転手に対しても「次からどうする?」などとしつこく尋問してくるなど、そういう部分が目立ちました。
悪い人ではないけれど、教養不足を露見している的な感じが嫌でした。




【相談した人・助けてくれた人】
海やキャンプ以外、仕事上では私自身があまり交流を望まなかったので、特に相談相手はいませんでした。
出発時間が同じだった朝に駐車場で軽くコーヒー飲みながら雑談する程度で、仕事に関しての話はほとんどしておりませんでした。

【改善のための行動】
新人が入ってきた際、横乗りするのが通例なのですが、業界事情的に運転手が募集で来る、しかもまともな人が来るケースも少なかったので、そういう時には何とか無事社員に納まるよう親切に教えました。
それでもやはり3日程度で「考えていたのと違う」などの理由で辞めてしまう人が多かったのですが、残った運転手もモノになっていてその点は頑張ったと思います。




【現在の状況と心境の変化】
既にその運送会社は退職しておりますが、辞めた後にも個人事業主として軽貨物運送を行なう機会がありました。
1個当たりの単価で一日に100個以上配達するような仕事でしたが、この仕事自体は私自身向いていて楽しかったのですが、朝の積み地に動いていないトラックが止まっていて、わざわざ積み込む私はヤードから離れた場所までかご台車で移動させて積まなければならないとか、当日トラック運転手として同じエリアを走っている社員運転手が誰だかわからず、トラブルの際に誰に連絡すればよいか分からず振り回されたり、横の連携が全くなっておらず効率が悪い等、この業界は100年変わらないなと思い、二度と運送会社には勤めまいと思いました。
正直、今では運送と聞くだけで反吐が出ます。

【学んだこと】
そのような業界でも必死で頑張っている方がおりますし、先ほど挙げた軽貨物の現場でも20代前半の若者が一生懸命やっている姿を見て、業界が変わればな〜と複雑な心境になりました。
運送業界なので安全・迅速等は様々な会社がスローガンで掲げている通りだとは思いますが、もっと効率化を図る上では、現場と上司がもっと話し合う時間を取らなければならないのではと実際に思いました。
「話し合う暇があれば1つでも多く集荷して来い」きっとおそらく私が入った軽貨物の現場ではこう言われるでしょう。
でも、打ち合わせの重要性と言いますか、そういう点は運送業界から学べたと思います。



【当時の自分へのアドバイス】
出来ることならば運送会社には関わるなと助言したいほどです。
学べたことも多いかもしれませんが、他の会社だったらもっと何倍も学べることがあったはず。
こう言っては運送業界の方に失礼かもしれませんし、全員が全員そうではないと思いますけれど、レベルが低すぎますし、自分本位の人間が多すぎます。
「視野の広い世界へ早く逃げろ」もし当時の自分にアドバイスをするならばそういうと思います。