【1〜2tトラックでのルート配送】毎日大変。物凄くゆっくりではあるがその分成長痛と思いながら頑張ってます。

【1〜2tトラックでのルート配送】毎日大変。物凄くゆっくりではあるがその分成長痛と思いながら頑張ってます。

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
24歳

【当時の職業】
1〜2tトラックでのルート配送

【当時の住まい】
実家で両親と自分の3人暮らし

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今も同じ職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
当時の職場が遠い上に重量物を多く扱っててキツかったので少しだけ改善出来ないかとハローワークに行ったらたまたま現在の職場を見つけた。
実家から近く業界大手の卸売商社の営業所だったので応募してみたら受かったのでそのまま入りました。

【環境と仕事内容】
ルート配送、主に電気工事で使用される資材を扱ってる、乗車するトラックは1t〜2tの幌付きトラックを状況で使いわけてる(自分が主にメインで使用するトラックは1.5tロング車)、走行距離は1日平均100〜150km程、営業所自体は15人全社規模だと1000人近く、平社員、顧客は電気工事業者、二次店が主だがクセのある人が
少なくない、休日は土日祝日に盆と年末年始、年収は400万前後、独身者の配属先が遠方の場合のみ会社負担でアパートを用意してくれるそうだが既婚者・世帯者は引っ越し費用負担のみ、福利厚生でお昼付きが唯一ありがたいと思ってるとこ。

【大変だった時期】
入社から2〜3年後にリーマンショックの影響で外注のチャーター車が全て経費削減の一環で廃止になり以降ルート配送を任された。
当時は今よりクオリティはメチャクチャで毎日が大変だった。




【大変だったこと】
取り扱い商品が数多く基本的な物ですら覚えるのに大変だったのと人や地方によって商品の呼び名が変わってくるので未だに勉強の日々。
現在の配送体制になったのがリーマンショック後の影響で外注チャーター車が廃止になってからルート配送を任されたが当時はめちゃくちゃで出発締め切り時間を守れなければ頭や要領の悪い営業が突発的に大物搬入や面倒だったり大変な案件を押し込んできたりとか無理難題な丸投げばかりで大変だった。
ギリギリの人数で回してる関係もありドライバーで休みが出るとルート編成にだいぶ苦労させられる(他の営業所ではわりと協力的で営業担当が進んで配送に廻るそうだがうちは真逆であれこれ理由つけられて配送はあまりしない事もあり一人で二人分のルートを同じ時間でやらされる事がしばしば)
数年前までは残業代が出ないに等しい状況だったが現在はほぼ改善、朝の入荷商品の検品で1時間近くの早出から配送回って夕方〜夜は翌日分の段取りやら積込等の残務処理で定時とは?と言いたくなる程定時内で始めて終わった事が無い。
(営業サイドは定時近く出社だが日付変わる位まで仕事してるのに比べたらマシですが)会社もあれこれ改善策を講じてるがあまり力を入れてないのもあり的外れや改悪しかなくて労働時間の短縮にはまだ程遠い…
あと、会社自体が販売メインの商社なので数字に関わる営業サイドはきちんと評価されやすいが配送側の方は上に気に入られないと評価に影響するのが辛いです。
社内外問わずクセのある人が少なくないので人間関係にもストレス掛かる職場で入れ換わりも少なくないです。

【大変だった期間】
現在進行形




【当時の心境】
上層部、営業サイドは顧客第一主義で受けたしわ寄せが物流サイドに響くので毎日がストレスで鬱になりかけた(なってた?)ので仕事行くの辛い通り越して生きてるのが辛いと思う日々でした。
当時はリーマンショックもあり転職に厳しい時代だったのでとりあえず落ち着いたらなんて思いながらも毎日の忙しさで忘れ経営統合で当初より多少改善された部分もあって転職欲は減りだらだらと今に至ります。

【職場が大変だった原因】
運送業でなく販売がメインの商社なので物流側の理解が乏しい人ばかりで平気で無理難題押し付ける風習は全く無くなりませんね、上層部と営業サイドが顧客第一主義者なので。
自分自身数多くのミスはしましたが中には営業担当がきちんと打ち合わせ段取り等協力がもっとあったら防げたかも…?ってのも少なくはなかったと思います。
あとは上層部が理解してくれて横の繋がりがもっと良くなれば環境改善に繋がると日々感じてます。




【仕事で良かったこと】
建設に関わる事もあり日々変わる現場を見るのも面白かったし完成後も家族や友人達との会話の種になることもあるし数重ねるごとにどういった商材が流れてくか覚えれる様にもなって出てくる商材で現場の進行具合も判る様になれました。
あとはプライベートじゃ滅多に入れないとこに搬入で入れるのも楽しいですね、大手自動車メーカーの研究施設内や空港の中等貴重な経験だと思います。




【特にひどかった最悪の出来事】
2t車に一杯のケーブル束の搬入(一束10から20kg)
山の中の旅館の現場の搬入ルートが従業員用の狭く長い階段からの不安定な足場を介して往復とゆうのがキツかった。
当時新人の自分とベテランの外注チャーターさんで2〜3時間汗だくになって搬入したのと2t車満載の照明器具の段取り・積込から搬入までのワンオペも同じ位キツかった思い出です。
当時の営業課長が段取り悪い人でいつも無理難題を平気で押し付けてくる人でこの2件も担当は課長。
課長の担当する大きな現場で楽だった所は一つもなかったが特にキツかったこの2件が未だに自分の中でトップクラスにキツかった思い出です。
現在例の課長は別営業所の営業助成に異動になりました。




【相談した人・助けてくれた人】
同じ部署の大先輩の方。
いつも色々気に掛けてくれててこっちが大変だと結構助けて下さっていつも感謝してる。
あとはお客様の笑顔も頑張れる源の一つですかね。
無理難題言われて頑張って行って笑顔でありがとう言われるとやはり辛い気持ちも緩和されちゃいますよね。

【改善のための行動】
一部横の繋がりの悪い大先輩の退社を機にルート編成の見直しを進めてる最中です。
現在ルート格差が激しいとこもあり過去に何度か改善を上層部から進言されたが先の大先輩があれこれ難癖つけて何度もお流れになったので…。
今はドライバー達で声を掛け合いなるべく格差を減らして効率を上げようと日々努力をしている。




【現在の状況と心境の変化】
大変で不満だらけな職場なのは変わりないが入社から時も経ち結婚して子供も持つ様になり安易な気持ちで辞める事は出来ないが、今後条件のよいお話が合ったら転職したいとゆう思いはあります。
自分もですがまずは家族により豊かな生活を提供したいとゆう気持ちが日々強くなってて現在の職場とポジションではなかなか叶いそうにない気がしている為再び転職浴が湧いてきてます。
会社自体歴史もあり業界では知名度もあって安定したとこですが…。

【学んだこと】
大変な仕事の中でお客様とのコミュニケーションの大事さと取り扱い商品に関する知識は入社の頃よりはだいぶつきました。



【当時の自分へのアドバイス】
習うより慣れろで全然大丈夫。
慣れてけば知識も自ずと付いてくる。
時間は掛かるが不満点も徐々にではあるが改善されてく。

新人教育は優しさ全面でなく時折厳しさも入れること!
(一人甘やかしたせいで後に苦労する)
自由の効くうちに外に羽ばたいても問題ないと思うからどーしても耐えられなければ他所に移るも有り。
いずれ所帯持ったら安易に動けなくなるぞ!
以上、入社当時の自分へ今の自分からの言葉です。