【大型トラックの固定ルート】サービス業から土日休みのドライバーへ、ストレスも少なく給料は○。しかし20代若手なら他の道を探すべし。

【大型トラックの固定ルート】サービス業から土日休みのドライバーへ、ストレスも少なく給料は○。しかし20代若手なら他の道を探すべし。

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
23歳

【当時の職業】
大型トラックの固定ルート

【当時の住まい】
賃貸アパートで一人暮らし

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
サービス業をしていたのですが、休みが取れないことが原因で精神を病んでしまいました。
固定で休日がある仕事を探していたところ、中学の同級生が地元の運送会社で働いており、紹介してもらいそのまま就職という流れです。
土日祝が基本的な休みで、運転が趣味だった私には非常に好条件でした。

【環境と仕事内容】
10tの低床箱車で一般雑貨の固定ルート配送です。
日勤や2勤1休などのコースがありましたが、私が担当していたのは日勤のコースです。
日勤の場合は1日合計150キロ程度の距離を走り、その間に3箇所で積み込み、3箇所で下ろす内容でした。
社員は約60名程度で、私は一般社員としての勤務で貴重な若手社員という印象で採用されました。
大手運送会社の下請けで、営業所間の配送でしたのでお客さんと接することはなかったですが、大手運送会社の社員とはよく仕事をしていました。
キビキビと働き、たまに愚痴をこぼしながらという印象でした。

【大変だった時期】
最初は慣れないなりになんとか頑張ってやっていたのですが、働き始めてから1年経過した辺りから腰に違和感を覚え始めました。
会社の先輩達に聞いたところ皆さんその辺りから身体に異常が出始めるようでした。




【大変だったこと】
地元の地方中小運送会社ということもあり、一族経営で運営されており、会社の方針は社長以下役員方の一存で決まるような会社でした。
下っ端の社員は振り回されるばかりです。
土日祝休みということで面接時に説明を受け、働いていましたが実情は土曜は隔週で出勤、祝日は他の社員と交代で勤務、という内容で面接時の説明と差異がありました。
荷積と荷下ろしの時間が決まっていたため、早く現場に着いても作業ができないということが度々あり、その間は休憩という名目で待機をしなければいけません。
そのような隙間時間が積み重なり、毎日の拘束時間は約12時間程度になります。
給料が日給月給という方式で、1日8000円の運行費でしたので、時給に換算するとかなり厳しい内容です。

【大変だった期間】
世間の商戦と絡むため、クリスマスやバレンタインなど、時期のイベント毎に繁忙期が訪れるようなものでした。




【当時の心境】
一般雑貨ということで扱う荷物にかなりばらつきがあり、いい日と悪い日の差が激しかったです。
毎日出勤時は、今日は荷物が少なかったらいいな…とか、軽い荷物ばっかりであってくれ…など、祈りながら出勤するような毎日でした。
重い荷物が大量にある日などに当たる、いわゆるハズレの日は仕事が終わるのを必死に耐えるしかありませんでした。

【職場が大変だった原因】
バラ積みバラ下ろしという肉体労働が毎日長時間繰り返されることだと思います。
世間には必要な仕事であるとは思いますが、勤務計画や設備の古さなどの改善すべきものが多く見受けられ、会社に対しての失望もあったと思います。




【仕事で良かったこと】
大量の荷物を扱うため、倉庫内で他の会社の社員と仕事することがよくありました。
世間話をしたり、お互いの仕事を手伝いあったりということがあり、お互いにいい人間関係を築けていたとは思います。
退職した今でも連絡を取るような間柄の人がたくさんおり、人当たりは良かったと思います。




【特にひどかった最悪の出来事】
年末は繁忙期にあたるのですが、11月下旬ごろから荷物が増え始めクリスマスあたりをピークに迎えます。
連日の荷物の多さから腰の痛みが止まらず、毎日市販のサポーターと痛み止めを飲みながらの勤務でした。
数十キロある荷物を数百個積まないといけない時には心が折れそうになりながら仕事をしていました。
退職の年にはコロナ禍が到来し、おうち需要が増えた影響で配送量が激増し、1日で数千個の荷物を積み下ろすことが増えました。
主にインターネット通販の荷物が多く、家庭向けのため荷扱いにも気を配らなければいけないため、肉体的にも精神的にもきつい日が数ヶ月も続いていました。
冬はまだいいのですが、夏場は暑い倉庫の中で、トラックの荷台に乗りながらの作業になるため熱中症一歩手前という状況も良くありました。




【相談した人・助けてくれた人】
入社動機になった同級生にもよく話していましたが、同級生は中学卒業時からその会社で働いているようで、経験の浅い自分とは感覚が違うためあまり参考にならない返答しか得られませんでした。
会社の先輩方も他に行くところがないからという諦めの姿勢で仕事をしていた為、私の苦痛を理解してくれる人はあまりいませんでした。

【改善のための行動】
食生活を健康なものに見直したり、仕事の前後でストレッチをよく行うようになりました。
元々太り気味だったのもあり、関節の負担を減らすために体重を減らす努力をしたりと主に健康面での配慮はかなりしていた方だと思います。




【現在の状況と心境の変化】
約3年程度勤めていました。
前述のような身体の負担が大きく、休みもまばら、業界的に将来性が薄いということもあり、転職を決意しました。
ぼんやりとインターネットを見ていた時に見つけた公務員募集の求人に応募し、現在は公務員として働いています。
給料は多くは望めないですが、福利厚生がしっかりしており、将来への心配もない為安心して働けています。

【学んだこと】
面接で不安な事項はよく質問すること、仕事内容の相談をするときは職場以外の第三者の意見も参考にするべきだと学びました。



【当時の自分へのアドバイス】
業界の将来性や福利厚生などの面も考えて就職するべきであると言ってあげたいです。
職歴という経験はつきますが、その分大切な時間を無駄にすることになってしまいます。
求人票の高い給料に安易に釣られることなく、しっかり見極めて転職活動をして欲しいと思います。
それと、身体は大切に、一度痛めた身体はなかなか元には戻りません。