【2tトラックドライバー】「風邪は走れば治る?」…パワハラって究極の教育。今となっては使えなくなったが、最も効率的なのかも

【2tトラックドライバー】「風邪は走れば治る?」…パワハラって究極の教育。今となっては使えなくなったが、最も効率的なのかも

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
18歳

【当時の職業】
2t

【当時の住まい】
会社の寮に住んでました。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
就職のきっかけは、おじさんの紹介です。
まず、実家が田舎なので、都会に出たかった事と、給料がよかった事、学歴不問が主な選定理由です。

【環境と仕事内容】
職場環境は、有名不良高校みたいな、超縦社会でした。
朝5時には会社に出社しており、家に帰るのは深夜1時。
2tトラックで営業、集配を行います。
給料は年齢の割には高額で50万くらいだったと思います。
多い方は100万超えていた方もいました。
お客様にはとてもかわいがられました。
この運送会社のファンみたいな方も多かったと思います。

【大変だった時期】
この職場で特に大変だったのは、入社1年目




【大変だったこと】
今では考えられない超ブラックです。
ちなみにその会社は、株式上場して、今ではすっかりホワイトです。
労働時間は超人並み、休みに月4日とかで、勿論腰は痛めました。
風邪をひいて熱があるときなんかは、気合が足りてない!走れば治る!など、今や都市伝説のような事ばかり言われていました。
でも不思議な事に治ってました。
休みが少ないために退職される方も多くいましたね。
また、退職の仕方も、皆さん逃げるように退職されてましたね。
無断欠勤からの音信不通はざらで、トラックを乗り捨てて、そのまま消息を絶った方もいましたね。
その場合は、同じ班の仲間が休みのたびに家に行き、連れ戻すのが習慣でした。
戻された時は、心配よりもシゴキといじめでかわいそうでした。

【大変だった期間】
5年は続いたと思います。
ただ大手の運送会社なので、徐々に時代に合わせるようになっていきました。




【当時の心境】
若すぎたのか将来の不安はありませんでした。
苦痛は、肉体的にも、精神的にも酷かった事を覚えています。
でも、先に述べたように、不良高校の延長みたいな環境だったので、先輩は無茶苦茶怖かったんですが
バカに楽しかったように感じます。

【職場が大変だった原因】
満場一致で会社の体質です。
とにかく右翼気質だったので、ちょっとした共産主義です。
先輩、上司は神様でした。




【仕事で良かったこと】
なにせ先輩が怖かったので、褒められたときは、妙に嬉しかった事を覚えています。
それが、達成感でしたね。
給料日も楽しみでした。
これは、関係ないと言われるかもしれないのですが、女の子にもてた事は大きなメリットでしたね。




【特にひどかった最悪の出来事】
運送業だけに、交通事故です。
それと、プライベートで交通違反を起こした時ですね。
いずれも、ドライバー生命を脅かす失敗で、業務中の事故歴と免許の点数は何より大切にされました。
なぜかというと、このような失敗を起こすと、トラックの乗車を認めてもらえなくなり、ドライバーをおろされてしまいます。
そうなると、50万くらいもらっていた給料が半分くらいに減るんですね。
この給料で、多額の借金を払っていた方も少なくなかったですし
さすがに給料は半減するとかなりしんどくて、それが原因で退職する方も多かったと思います。
また、翌年の税金も多くて、ドライバーを続けれないと様々な脅威に脅かされます。
でも、疲労がたまりますので、やってしまうんですね。




【相談した人・助けてくれた人】
比較的、先輩に可愛がられて、助けられていました。
当時は、どの先輩の助言も感動していたのですが、よく考えれば究極の根性論でしたね。
今となってはいい思い出ではあります。
ただ、そのままの形では、今の若者への教育には全く使えません。

【改善のための行動】
とにかくダッシュですね。
早く終わらせるために走る!
歩いていたら、めちゃくちゃ怒られてたので。
エレベータもあまり使わなかったと思います。
昇も下るも、とにかく階段使ってました。
だから、確かにかなり早かったですね。




【現在の状況と心境の変化】
それから25年たちましたが、根底は変わってないですね。
ただ、人にそれを押しつけるような事はまったくしなくなりました。
恥ずかしながら現役時代は、べきだ論で後輩に押し付けていたような覚えがあります。
言うまでもないですが、怖い先輩の影響です。
今は、悪い見本として、あの頃の自分をよく思い出します。
そんな先輩にならない事を強く意識しています。

【学んだこと】
気合と根性です。
この経験があったから、ある種、以上に忍耐力はつきました。
ただ、今の時代にはあまりそぐわないのが、残念なところです。



【当時の自分へのアドバイス】
体ではなく、もっと頭を使った仕事を選べ!
気合で物事は解決できない。
何事も落ち着いて、走らずに歩いて確実に仕事を進めよう。
それができれば、きっとその運送会社で管理職にはなれただろう。
それができていれば、その後のスキルになって、今の生活も豊かになっていたに違いない。
最後に、体を酷使しすぎたせいで、腰痛は慢性化している。
やはり、体は資本なり。