【2tトラックでおしぼりの配達】2度でやる事を1度でやろうと横着をして、転んで荷物を落としてしまった。1日の仕事は決まった仕事のみなはずが、休んだ人の分を無休で働かなくてはならない。

【2tトラックでおしぼりの配達】2度でやる事を1度でやろうと横着をして、転んで荷物を落としてしまった。1日の仕事は決まった仕事のみなはずが、休んだ人の分を無休で働かなくてはならない。

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
28歳

【当時の職業】
2tトラックでおしぼりの配達

【当時の住まい】
実家のマンションで親と同居

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
アルバイトニュース。
とにかくすぐに始められて、1人で行動するので気が楽ということが一番の魅力でした。

【環境と仕事内容】
飲食店を中心に、おしぼりのルート配達。
2tトラックを運転しました。
1日に約100km程度の距離を走ってました。
正社員は4人、運転手のアルバイト5人、工場のアルバイト20人程居ました。
自分はアルバイトの契約です。
主に飲食店、パチンコ店、風俗店などで、お客さんと直接のやりとりはサインをもらう程度の軽いものです。
日曜日と祝日
日給11000円
寮はなし

【大変だった時期】
最初からずっと大変でした




【大変だったこと】
ルート配送のため、荷物の積み下ろしの頻度が多く首、腰を痛めた。
特に雨の日は足元が滑りやすく細心の注意が必要でした。
車の駐車もすべて路上駐車で、もし駐車違反で捕まっても自分で責任を取らなくてはならなくて駐車場所や駐車時間などには最新の注意をしていました。
それでも何度か捕まりました。
もちろん、免許の点数、罰金は自分持ちなので、その日の給料以上のお金が吹っ飛びました。
他の従業員とは接触する機会が少ないので揉め事などはほとんどなかったが、会社の社長とは金銭面でよく揉めてました。
特に交通安全週間の時は、どんなに注意していても警察は狙ってやってくるので防ぎようもなく駐車違反の件では最後まで納得できませんでした。
休んだ人の補助に入っても手当は全くなかった。

【大変だった期間】
始めてから辞めるまで2年くらい




【当時の心境】
早くお金を貯める事に必死でした。
とはいえ、かなりの重労働のために、首や腰を痛めて病院にも行かざる追えなく、働いても働いてもなかなかお金を貯めることができませんでした。
会社に対しての愛情見たいなものは、かけらもありませんでした。

【職場が大変だった原因】
急いで仕事を見つけようと焦っていた自分がいました。
その当時初めての職種でやってみないとわからないことだらけだったので、勢いで始めてしまったが、
始めからもっと細かな事を聞いてから仕事を決めるべきだったと思います。




【仕事で良かったこと】
仕事の要領がいいのと悪いのとでは、就労時間が全く変わってくる仕事で、日給制なので早くこなせばその分時給が高くなるという計算で、自分が早く仕事をする事で時給が高くなりそこに優越感を感じてました。
本当にそれくらいです。




【特にひどかった最悪の出来事】
先ほど、書いた内容とほぼ一緒なのですが、交通安全週間の時に駐車違反に対しての対応をもっと考えて欲しいと懇願してもまったく聞き入れてもらえず、もし駐車場に停めるならそこは自腹で払わなければならなかったし、駐車場に停めての配達になると、その分足での時間もかかるし、その負担も自分が負わなくてはならず、会社に対して悪いことばっかり考えていて心身ともに完全に不健康でした。
夢のためと頑張っていたことすらも忘れて、会社に対して何かやり返さなければ気が済まないぐらいの感情になり、毎日そんなことばかり考えていて、今思うと完全に病んでました。
他の従業員とは、朝一番の大忙しの時に会うくらいなので相談する人もいず、何の解決策もありませんでした。




【相談した人・助けてくれた人】
先ほども話した通り、他の従業員に会うのは朝一番だけで、みんなそれぞれ朝一で行かないといけないお客さんがいるので、話をする時間などありませんでした。
帰りはみんなそれぞれのペースで仕事をするので、工場に帰ってくる時間はバラバラで会うことはほとんどありませんでした。

【改善のための行動】
社長に話をするしか方法が思いつかなかったので、とにかく社長に話しました。
社長に言ってダメなら、もう方法を見つけるのは難しいです。
それでも考えました。
今、思えばたくさんの無駄な時間を過ごしたなと思っています。




【現在の状況と心境の変化】
その時から20年近く経って、それ以降その業種の職業にはトラウマで全く縁がありません。
その後はその時に目標にしていた音楽の仕事をすることができ、コロナ前までその仕事をずっとしていました。
その音楽の仕事では、もちろん辛いこともありますが、それすらも越えなきゃならない壁と普通にスッと受け入れられて逆にやりがいさえ感じてました。

【学んだこと】
楽に生きてきたら、きっと今は大変だったと思います。
その時の経験があったからこそ、今が幸せだと感じています。



【当時の自分へのアドバイス】
なんだかんだ言って、その時があるから今があるわけで、結果よかったと思っています。
当時の自分に、今何か言うとしたら、あの時散々社長にどう仕返しするかと言うことを必死で考え、たくさん悪いことも思いついたけど、我慢して行動しなかったことを褒めたいと思います。
本当に自分の性格からすれば、行動ができなかったのではなく、我慢できたことが大きかったです。